イギリス人文科学PhD事情:TA(ティーチングアシスタント)

このブログに来る人の大半はイギリスの博士課程に興味を持って来てくれるみたいなので、そういう人に役に立つ話もたまにはしようと思って書いてみます。

10月から新学年です。昨年度はTAで一年生の授業のゼミをひとつ持っていたのですが今年はやらないことにしたので、かなり時間があって博論がどんどん進む予定です。

今日は、TAって何をするかという話ですが。

イギリスの大学の文系学部は、多くの場合一つのコースが講義とゼミの二本立てになっています。学年が上がるとゼミだけで2時間とかのコースもあるみたいですが、一年生の授業はまず確実に講義50分、ゼミ50分のセットを10週間×2ターム、それと夏学期にすこし復習セッションがあっておわり、という感じです。以下は大学や学部によって多少変わる部分もありますが一つの事例として読んでいただければ。


ちなみに博士課程の学生にTAは必須ではありません。TAをやってその代わりに授業料免除、というアメリカ的なシステムはなくて、たぶんコマ数も採点しなきゃいけないペーパーの量もこっちのほうが少ないのですがその分給料も安い、という仕組みになっています。一コマやっただけじゃ月々の食費くらいにしかなりません。あ、そうだ、アメリカの大学だと期末試験とかをTAが採点するみたいですが、僕の学部ではそれはありません。その分仕事量が教員に重くなっている、と言えるかもしれません。

僕が割り当てられた授業は一年生の歴史専攻の必修科目で、現代国際関係史入門みたいなやつでした。学生はオムニバスの講義で毎週のテーマの概要を聞いて、関連する課題文献(僕が持っていた授業ではだいたい論文5,6本)を読んでゼミの討論に臨みます。で、これをリードするのがTAの役目なわけです。

クラスの規模は最大15人で調整されています。僕のクラスは14人でした。イギリス出身が半分強、あとはヨーロッパ各地、それ以外の英語圏、という感じでした。英語で苦しんでる学生がほぼいなかったのは結構珍しいようです。同じ授業の別のグループ(履修者が多いのでゼミが複数あるわけです)を見ると、だいたい非英語圏から来ていてリーディングの量とペーパー書きで苦しんでる人が1,2人いたようなので、これはたまたまですね。

例えば経済学部だったらTAの役割というのは非常に明確で、教科書の章末問題の答え合わせと解説、採点なわけですが、歴史みたいに問題を解くわけじゃない授業は議論をちゃんと誘導してテーマへの理解を深めてもらう、という漠然としたタスクが与えられることになります。

指導の仕方に関して学部からの指示はほぼ無かったので毎回自分でどうやって議論を進めるかを考えていきました。シラバスに幾つか論点例が載っていて、それをとっかかりにするのですが、たまに文献と論点がマッチしていなかったりもします。2学期からはゼミの3,4日前に学生にメールをして優先的に読むべき文献、考えてきてほしい点を伝えるようにしていました。20世紀は正直専門外だったので準備が大変でひやひやしましたが、そこはうまくしたもので相手も一年生なので特にすれていなくて授業が崩壊することはなく、つつがなく学期が終えられました。

小テストを作っていったり、小さなグループに分かれて議論してもらう質問を幾つか用意していったり、ミニゲームを作っていったり、ビデオを見せたり、(ペーパーの締め切りと重なってる週はみんなあまり課題文献を読んでこないので)議会の議事録とか新聞記事とか外交書簡とかをその場で読ませて議論させたり、色々やりましたが、こちらが準備したらしただけうまくいくとは限らなくて、学生側がまったく準備出来ていなかったら話にならないわけです。そのへんはこっちがコミットメントを示して相手が応じてくれるのを信じるしかないのですが。まあ講義自体が時間の制約上概説しかできないので、いずれにせよそこまで深い議論ができるわけではありません。

学期中に3回、短めのペーパーを書いてもらう課題がありました。「第一次世界大戦が4年間続いた理由を説明せよ」とか「ヒトラー外交政策は最初から戦争を目的としていたかどうか論ぜよ」とか「東アジアにおける冷戦の始まりとして朝鮮戦争中華人民共和国の成立どちらが重要だったか」とかそういう設問のリストがあって、各自がそこから選んで2000語で論じるものです。これらは実は学年末試験の過去問なので、そのまま試験対策になっています。TAであるこちらはそれを読んで、この部分の論証が弱い、とか、この学者の議論はあまりに重要なので君の立場と違っても触れない訳にはいかない、とか、自分の主張をもっと明確に、とか、パラグラフ構造をちゃんと使って相手に伝わるように書いてくれ、とか、色んな角度からフィードバックを対面でして、成績表には載らない目安としての点数をつけて返していました。

一学期の終わりに、つまり8,9回授業があった時点で、学生の側からTAへの授業評価アンケートが行われます。これがあまりにひどいと大学が介入して授業責任者の教授と面談、と相成るわけですが幸いそういうこともなく、授業の進め方とかペーパーへのコメントについて要望をもらった程度で済みました。これはTA間での相対評価も教えられるので戦々恐々でしたが、そこそこ平均的な評価で収まっていました。

この授業は成績評価が学年末(6月初旬)の持ち込みなしの筆記試験3時間一発勝負だったので、ゼミへの出席すら必須ではありません。まあ二週続けて休むとメンターになっている教授へ通報が行くシステムがあるので、みんなそれなりに真面目に来るのですが。4月末に夏学期に入って正規の授業日程が終わってしまうとTAはたまに試験準備中の学生からの質問にメールで答えるくらいで、特にできることはなくなります。実は学年末試験の作成会議みたいなものには出ていたりもするのですが、意見は言っても最終的に設問を作るのはコースの責任者の教授の仕事です。

他のグループを教えてる人の中にはもうPhD持ってる人やこの授業持つのが3回めの人とかがいたので、同じ授業料払ってるのに他のクラスよりしょぼい授業しかできていなかったらちょっと申し訳ないなと思っていました。なので試験が終わって成績が出る9月頃には単位落とす学生が出ないだろうか、と多少ハラハラしました。うちの大学の学生は年間4つしか授業を取らないので一つ落とすとおおごとなのです。蓋を開けてみるとまあまあ皆頑張ってくれていて、ただ事前のペーパーの点数とはかなり比例しない部分があって面白かったです。直前に試験対策を頑張ったんだろうな、という人から、当日失敗したなこいつ、みたいな人まで。

とりあえずこんなところで。TAは必須でないにしろ、PhD終わって仕事探すときにCVに載ってないとけっこう苦しいみたいなので、大体の人が一年はやっています。時間をかなり食うので僕はあとの二年は自分の研究に集中しようかな、と考えています。