大学はオンラインの無料講座に脅かされるか

一応大学での研究職を目指している身として、こういうニュースには敏感にならざるをえない。

Wiredのvol.5にオープンソースの教育コンテンツの普及に関する記事があった
(http://wired.jp/m2w/?from=top)。スタンフォードコンピュータサイエンスの授業をオンラインで提供し始めた2つの授業についての経緯と、その他のオンライン授業のサイトの紹介。サルマン・カーンのKhan
Academy、MITx, ゲームを学びに応用したdimensionU.com, などなど。

Wiredの記事にあったもの以外にもCodeacademyとか、ほんとに雨後の筍のように増えている。たぶん「教育は住宅の次のバブル」だと言ったPeter
Thiel的な考え方がシリコンバレーでは流行っていて、どんどんシードマネーをつぎ込んでいるんだろう。実際、上の記事にはThe Minerva
Projectがベンチマーク・キャピタルというファンドから2500万ドルの投資を受けた、とあった。これだけ競争があればどっかのタイミングで統合が進むか、少なくとも淘汰が起こるだろう。その結果、ある分野への特化とか既存の大学のブランドとかで差別化された幾つかが残るだろう。

大学の学位はどれくらいその価値を落とすのか?これはこうした講座の修了者のキャリアにかかっている。スタンフォード発のKnowlabsは自前のオンライン授業の成績優秀者の就職斡旋を約束するみたいだ。こうやって修了生がどんどん就職したり起業したりして、「なんだ、高い学費払って大学行かなくても、オンラインで勉強すれば十分じゃん」と皆が思って、大学の学位があまり意味を持たなくなり、「何ができるか」だけが純粋に問われるようになったら、確かにアメリカの大学は今以上に改革を迫られるだろう。オンラインで学べるものを提供していた部分が無料化して、残りが奢侈品としてさらに価格を上げる。

職業訓練的に幾つかのコースを取る以上に、普通の人が大学でとる単位数と同じだけをオンラインで学ぶ人がいるとは思えない。大学の授業で卒業後に直接役立つものなんて少数なんだから、自分ができることを増やすだけが目的だったら2年もあれば十分だろう。人文科学とかはオンライン講座で大して出てこないのだろうな。需要がなくて。

大学はその時、オンライン講座に対する自分たちの競争優位をどこに見出すだろうか。集住することの価値、じゃないだろうか。スポーツチームに所属したり、大学対抗戦を応援に行ったり、学生用のコモンルームで夜中まで雑談したり、寮でハロウィンパーティやったり、週末に突然誰かが言い出して車で遠出したり、食堂でばったり会った友達の友達に紹介されて知人の輪が広がったりする、そういうこと。大学の近くに住むことの意義が増し、ひょっとしたら卒業後その周りに留まる人が増えるかもしれない。テレワークが普及すればなおさら。

大学が提供し続けられるもう一つの価値は海外からの移住者への入り口だ。学生ビザで留学する人の多くがそのままその国で職を得ることを希望している。大学を経由しないで移住しようとすると現時点のシステムではかなり大変だ。アメリカを例に取れば、かなりの技術を持っていて、国内では代替できない人材だと示す(そして雇用主にH1-Bビザのスポンサーになってもらう)か、社内での人事異動扱いにするか(確かL-1ビザ)、グリーンカードを当てるか、あるいはビザなしで来てそのまま居座るか。学位を持っていてもアメリカで就労ビザをサポートしてくれる就職先を見つけるのは大変だけど、少なくともOPTという制度を使えば確か卒業後1年はいられたはず。オーストラリアみたいに移民にポイント制を導入してるところでは大学の学位を持ってると永住権を得やすくなる。

まとめると、無料のオンライン授業の発展が既存の大学に与える最も重要なインパクトは「大学のグローバルサロン化」だろう。大学は、すぐに技術訓練を受けて働き始めないという機会費用と授業料を払う能力と意思のある人たちが集住して交流するのを主目的とする、そういう場になるだろう(今ですらある程度そうだが)。留学生の比率は増え、大学への国費の投入への反発は強まるだろう。お前らを遊ばせるために税金を払ってんじゃない、と。これに反論するのは難しい。それでも、ITとか一部の業界で学位の価値が落ちることがあったとしても、例えば大学に通って哲学を専攻し、机を囲んで議論することの価値は落ちないと思う。フーコーを読んだ達成度はオンラインはもとよりどんな形でも計量・管理できない。

オンラインの無料授業がこれまで経済的・地理的事情で大学に通えなかった人たちに学びの機会を提供した意義は大きい。でもそれは大学の死をもたらすものではない。Udacityを運営するセバスチャン・スランは、50年以内には高等教育を提供する機関は世界で10個ほどに淘汰されると考えている、と記事にあるが、これを信じるのは難しい。確かにオンラインベースの教育機関は競争の結果淘汰されるだろう。しかし、どれほどオンライン授業が業界を揺さぶっても、既存の大学の大半は、程度の差はあれ上で述べたような変質を経て生き残るはずだ。


あと、東大は秋入学を検討中だけど、ランキングを上げて世界の優秀な若者を集めよう、と考えているならこういうことも考えないと周回遅れにされそうな気がする。気がついたらもうランキングなんか誰も気にしていない、みたいな。