イギリスの大学院で歴史学PhDをめざすということ

僕は今月からロンドンの大学院で国際関係史の博士課程に所属しているのですが、人文科学系で日本から海外のしかもイギリスの大学へ行って博士号をめざすケースは他分野に比べてかなり少ないと思います。情報もそれほど多くないので、僕が見聞きした範囲で簡単に紹介します(他の学校は事情が違うかもしれませんが、大きくは変わらないはずです)。

イギリスの博士課程がアメリカと大きく異なるのはコースワークがないことです。博士号の取得要件は、10万語以内の論文を4年以内に仕上げて、口頭試問にパスすることです。論文をジャーナルなどに発表しなくてはいけない、等の規定はありません。僕の大学院では一年目は見習い的立場にあり、2年目に上がって正式な博士候補生になるためには博論の1章分と先行研究を概観して論じたペーパーを提出し、口頭試問にパスする必要があります。しかしとらなくてはいけない授業は研究手法に関する週一回の授業(通年)のみです。もっとも、実際には殆どの学生が指導教官が修士課程向けに提供している授業に出たり(僕はこのケースです)関連するトピックを扱うセミナーに出たりしているので、一週間のスケジュールがすっからかんということはありません。それでも相当すかすかですが、空いた時間は自分で研究を進める以外は学校の内外で色んな人が発表をしているのを聞きに行ったりしています。ロンドンは歩いて行ける範囲に大学や研究機関が固まっているのでその点は便利です。

さて、授業を取っていないのではいったい何に授業料を払っているのか、という疑問もあろうかと思います。図書館などリサーチの基本インフラ、指導教官との面談、授業を聴講する権利、に加えて、様々なサービスが提供されています。例えば社会調査法とか回帰分析といった特定のメソッドを半年でざっと教えてくれるコースとか、ライティング講座とか。

それからキャリアサービスも学校側はかなり力を入れている印象です。まあイギリスの人文科学系の博士号取得者は半数がアカデミア外で就職するので、当然そういうニーズがあるわけです。PhDの学生を專門にしたキャリアアドバイザーがいて、一対一でアドバイスをしてくれます。CVを見てくれたり、面接対策をやってくれたりもするようです。

あと驚いたのは、図書館に各学部専属の司書的な立場の人がいて、リサーチの相談に乗ってくれることです。うちの学部の担当の人は自分も博士課程に在籍しながら図書館でアーカイブの管理をしている人で、資料をどうやって探すかにかけてはむちゃくちゃ詳しいです。

よくアメリカの大学院では院生がTAをやったり学部の授業くらいなら講義をしたりするケースがありますが、これはイギリスでも似ています。うちの大学院では義務ではありませんが大半のPhDの学生が2年目以降に学部生のセミナーを受け持つTAをやるみたいです。ただし給料は安いです。

(追記20130916:TAに関してはこちらのエントリを参照)


じゃあ日本の大学を出て海外で人文科学の博士を取ろうと思った時、イギリスに来るメリットは何があるでしょうか。地域的な関連性とかを除いて一般的な話に限ると、第一に挙げられるのはスピードです。4年間で取ることが原則のプログラムなので、アメリカであるように博士課程に7年とか8年いて最後の方はほとんど完成している論文に手を加えつつ仕事を探しつつ授業を持っている、というような事態は起きません。まあ当然、同じ博士号取得者としてジョブマーケットに出た時、知識の幅の広さでは不利になりますが。あと、日本で修士をやってから外に出る場合はアメリカに行くと2年間のコースワークの分が若干二度手間っぽくなりますが、イギリスの博士課程は修士を持っていることが前提なのでその点でも時間が余計にかかることはありません。すでに博論のテーマががちっと固まっていて自分でどんどん進められる人はこっちのシステムのほうが向いているかもしれません。

もう1つはアカデミア外への進路の幅広さでしょうか。博士号を取るからといって必ず研究者を目指すとは限らないという共通了解が学校の中にも外にもある気がします。そもそもイギリス人の場合はマスターを1年、博士を最短で3年で取ると25歳で博士号取得が可能なので、年齢的にもまだまだ色々試せる感じもします。

かなり殴り書きですが、思い出したらまた追加するかもしれません。