ダニエル・ピンク『フリーエージェント社会の到来』

フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか

フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか

フリーエージェントはオンとオフの時間の区別を付けにくい。自分で何らかのルーティンとか「儀式」を設定しないと、いつまでも仕事をしてしまう可能性がある。

「起業家やフリーエージェントにとっていちばん大きな問題を一つ挙げろと言われれば、それは孤独だ」。一方で、「個人で仕事をするというのは、ひとりぼっちで働くということではない」。

だから筆者がフリーエージェント・ネーション・クラブという集まりがあっちこっちで開かれるようになる。緩やかなつながり、明文化されない会則、信頼に基づいた組織。

「三日間一緒に過ごして、くつろいだ雰囲気で意見を交換したいと思わないかと声をかけた。特定の目的を持って集まるのではなくて、ただ集まることを大切にしたい、と」

1727年秋、ベンジャミン・フランクリンは、12人の仲間を集めて会合を開いた。この会合はその後毎週一回開かれ、三十年続いた。「独創的な知人を全て集めて、相互の進歩に資するためのクラブを結成した。私たちはこのクラブをジャントー(秘密結社)と名づけた」と、フランクリンは自伝に書いている。

弱い絆の力」は、フリーエージェントの組織図を理解する上で決定的に重要な要素だ。フリーエージェントは、弱い絆を介して、いろいろな場に出入りする人たちと知り合いになることができる。弱い絆で結ばれている知り合いは、いつも親しくしている相手ではないからこそ、自分とは縁遠い考え方や情報、チャンスに触れる機会を与えてくれるのだ。

筆者はフリーエージェント社会の到来が学校教育を大きく帰る可能性があると主張する。次のくだりが衝撃的(フェアかどうかは別にして):

学校に通うというのは、十二年間の懲役刑で人生を始めるようなものだ。そこで学ぶのは、実は悪い習慣だけだ。私は学校で教師をしていて、賞までもらった。だからよくわかる。」これは、元教師のジョン・テイラー・ガットの言葉だ。ガットは一九九一年にニューヨーク州の年間最優秀教師賞を受賞した人物だが、現在は在宅教育という新しい潮流の旗振り役になっている。(強調は引用者)

道具倉庫としてのオフィスはやがて2種類のオフィスに取って代わられるだろう。一つ目は「プライバシーと独立性とマイペースが必要な仕事にふさわしい環境」。自分の部屋とか。筆者はこれを「プライベート・アイダホ」と呼ぶ。もうひとつは、筆者が「フリーエージェントの山小屋」と呼ぶもの。

ここでは、フリーエージェントたちが集まって、前の晩のテレビドラマの話題で盛り上がったり、仲間と一緒に共同のプロジェクトに取り組んだりすることができる。この「山小屋」は…キンコーズスターバックスに近い。フリーエージェントたちは金を払って会員になり、同僚とうわさ話に花を咲かせたり、仕事中に誰かに話しかけられるなど、いまは会社勤めの嫌な点だと思っていることをするために、こうした仕事場に出かけていくようになる。人とのさりげない接触は、創造性や革新性を促す上で不可欠なものなのだ。仕事のしすぎで頭痛が抜けないときや、ビジネス上の問題が解決できないで困っているとき、あるいは大きなプロジェクトに共同で臨んでいるときは、誰もが名前を知っていてくれて歓迎してくれる「山小屋」は、生産的な仕事場になるはずだ。はっきりしているのは、道具倉庫としてのオフィスは過去の遺物になり、「プライベート・アイダホ」と「フリーエージェントの山小屋」が未来のオフィスになるということだ。