『善行の副作用』

Economist紙、2月23日号より。読みやすさ重視のため、やや省略&意訳したところがあります。

『善行の副作用』

ある組織が人類のために働きすぎること、感染症の撲滅のために資金を使いすぎることなどありうるだろうか?最近の傾向から判断するに、こうした疑問に「不思議だが、ありうる」と答える人々がいるようだ。

議論の中心にあるのは、世界最大の慈善機関としばしば称されるビル&メリンダ財団(以下、ゲイツ財団)だ。ゲイツ財団は2000年の設立以降、グローバル・ヘルスの向上に80億ドル以上を投入し、大きな賞賛を受けてきた。

しかし、巨大でパワフルな国家が付き合いにくい隣人になりうるのと同様に、莫大な資金を持つ財団も同様の仕事をしようとしている他機関の反感を買う可能性がある。ゲイツ財団は、嫉妬によるものか正当な懸念によるものかはともかく、このところ良いイメージをもたれていない。

New York Times紙は今週、「ゲイツ財団はマラリアに関する調査に対して負の影響を与えている」と報告するWHOの内部書簡を公開した。この書簡で、WHOのマラリア対策の長であるKochi Arata博士は、ゲイツ財団の過度な影響力がリサーチの優先順位をゆがめ、最も優秀な科学者たちを「カルテルの中に囲い込んで」自立した思考を妨げている、と指摘した。

意図しなかった結果であるにせよ、いまや科学者たちはゲイツ財団に対抗するいくつかのグループに固められ、お互いにお互いの仕事を奪わないようにするインセンティブを持つようになってしまった、というのだ。

Kochi博士の告発は、これまでにも存在したゲイツ財団への批判を再び呼び起こした。批判の一つは、ゲイツ財団は取り組まない分野を絞り込むのが遅すぎるので、他の小さな組織が新しい分野に参入するのを自重させてしまう、とする(後からゲイツ財団の参入にあっては勝ち目がない)。

また、技術開発に注力しすぎていて現場に行っていない、という批判もある。

しかしこうした批判の声は決して大きくない。WHOのChan事務総長は、Kochi博士の意見はWHOの見解を代表するものではないとしている。

それでもKochi博士は、ゲイツ財団によるマラリア対策への巨大な投資は、独占による「市場の失敗」の典型例だと主張する。彼はゲイツ財団の全てを否定するわけではない。政府がこれまで失敗してきたマラリア対策への資金投入は賞賛に値する、という。しかし、「巨額の資金は独占につながり、他の小さい機関および知的競争を阻害してしまう」。

Kochi氏は、マラリア撲滅は可能だとするゲイツ財団の見解にも異を唱える。そして、高すぎる目標を掲げることで現実的な施策に資金が使われなくなる、とする。またACT(Artemisinin-based combination therapy;アルテミシニンと他の抗マラリア薬を併用する治療法)への過度な集中も危険だとする。

こうした批判はどの程度正しいだろうか?確かに財団の資金力とターゲットを絞ったやり方はヘルスケア分野の専門家の人材不足をさらに悪化させた。技術開発に特化しすぎたという点も、ゲイツ財団の責任者が認めるところだ。

ただ、財団側が反論できる点もある。まず、ゲイツ財団は国際機関や他財団とも協力しており、独占からは程遠い状況にある。またACT以外にもワクチンや蚊帳などの手法に取り組んでいる。「我々はあれかこれかと選ぶ必要はない。どちらもやるだけのリソースを持っているのだ」

WHOの中には、ゲイツ財団が自分たちの権威を脅かすのではないかという恐れがある。例えばゲイツ財団は最近、諸国家の保険制度をモニターするための資金としてワシントン大学に対し100万ドル以上を提供したが、これはまさにWHOがやるべきことだ。

皮肉なのは、以前はWHO自身がゲイツ財団が今築きつつあるような独占をマラリア対策分野で謳歌しており、しかもたいした成果を挙げられずにいた、という点だ。またWHOは加盟国からのデータ供出の不十分さを許容してきた点でも批判されている。

Chan事務総長はこの点を率直に認めており、WHOの仕事は加盟国を名指しで辱めることではなく個別にプレッシャーをかけることだと言う。同時に彼女は、公的なプレッシャーも必要であるとし、メディアや財団の貢献を高く評価している。

ゲイツ財団のような巨大な非政府組織の参入は反感や副作用を生むだろうが、彼らの資金力や新しいアイディアなしにはマラリアに対する戦いはよりひどい状況に留まり続けていただろう。