池澤夏樹「花を運ぶ妹」(2000)

きのう読んだ瀬島龍三の話でインドネシア賠償が出てきたが、今日の小説「花を運ぶ妹」はインドネシアのバリ島を舞台に起こる。二人の主人公である姉妹の独白を一章ごとに繰り返す手法は若干見馴れたものだが、兄の独白のほうを二人称を使うことによって区別を試みている。実際の事件をモチーフにしているのだろう、ヘロイン中毒を脱したばかりの画家である兄が運び屋の嫌疑をかけられてバリ島で収監され、パリで働いていた妹が兄の支援に奔走する。

文庫版の解説が指摘する通り、ストーリーの要素の反復が綺麗に組まれているけれど、発散して終わってしまう筋もいくつかある。兄がバリの前に訪れたヴェトナムの母子、戦後の日本インドネシア関係、レーガンの反麻薬キャンペーンという背景、妹を助けてくれる代議士。このために最後の妹と代議士の会話がやや薄っぺらく見えてしまう。

ただ3日前に「ハワイイ紀行」を読んでいても思ったのだが、池澤夏樹は地形とか舞踏とか、姿形のあるものを描写する能力が図抜けている。バリの舞踊を描写するくだりは秀逸だし、裁判の様子とか、ヘロイン常習者の語りも豊かな言葉を駆使して生き生きとあるいは重厚に描かれる。それを読むためだけに読む価値のある小説。