今年読んだ本のベスト5

今年読んだ本のベスト5を選んでみる。

5. ティナ・シーリグ『20歳のときに知っておきたかったこと』
20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

逆張りしながら生きることをこの本から学んだ。この間した留学後の就活の話はかなりこれに影響されてる。文章のうまさとか本としての完成度は別にして(そもそも日本語で読んだし)、すごく役に立ったのでここに。



4. 藻谷浩介『デフレの正体』
デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

参考文献ほぼゼロ、ひたすら統計を積み上げ、それに自分の足で稼いだエピソードを足して書いた本。デフレは生産年齢人口の減少からくる需要の縮小の結果おきた消費財の値崩れであり、景気とかいう訳のわからないものではない、と唱える。高齢者の増加が社会保障負担の点で今後大変な問題を引き起こすのは団塊ジュニアが集中する東京だ、とも。海外との競争は価格の下落に反映していないのか?とか都道府県をまたぐ人口移動は今後増えないのか?とかは聞いてみたいな。ともかくここにあるような人口動態を踏まえずに日本の未来は語れないと思う。と同時に、簡単に語るもんじゃねえよ、と釘を刺される気分にもなる。あえてちょっと人口と関係ない部分から面白かった点を引用すると:

…我々が目指すべきなのは、フランスやイタリアやスイスの製品、それも食品、繊維、皮革工芸品、家具という「軽工業」製品に「ブランド力」で勝つことなのです。今の不景気を克服してもう一回アジアが伸びてきたときに、今の日本人並みに豊かな階層が大量に出現してきたときに、彼らがフランス、イタリア、スイスの製品を買うのか、日本製品を買うのか、日本の置かれている国際競争はそういう競争なのです。フランス、イタリア、スイスの製品に夏照クオリティーとデザインとブランド力を獲得できるか、ここに日本経済の将来がかかっています。

…水だとか、ワインに日本酒にお米に野菜に果物に肉、そして装飾品、服飾雑貨についても、日本製品は世界最高だと、車がやってきたのと同じようにアジアの金持ちに言わせることができるか、そこが本当に命をかけてやるべき競争なのです。

3. 網野善彦『「日本」とは何か』
日本とは何か  日本の歴史〈00〉

何となくあると思っているものが実はそんなに確かなものじゃないよ、というアプローチの本はどれも好きなのだけれど、日本という想像の共同体に対する強烈な揺さぶり。日本が初めて誕生するのは壬申の乱に勝利した天武の朝廷が「倭国」から「日本国」に国名を変えたときであった、としたうえで、網野はこう述べる:

…あらためて強調しておきたいのは、「日本人」という語は日本国の国制の下にある人間集団をさす言葉であり、この言葉の意味はそれ以上でもそれ以下でもないということである。「日本」が地名ではなく、特定の時点で、特定の意味を込めて、特定の人々の定めた国家の名前ーー国号である以上、これは当然のことと私は考える。それゆえ、日本国の成立・出現以前には、日本も日本人も存在せず、その国制の外にある人々は日本人ではない。「聖徳太子」とのちによばれた厩戸皇子は「倭人」であり、日本人ではないのであり、日本国成立当初、東北中北部の人々、南九州人は日本人ではない。

(10世紀以降)「日本国」が水田を課税の基礎とし、六歳以上の全人民にこれを与え、いわばすべての百姓を「稲作農民」にしようとする強烈な国家意思を社会に貫徹すべく、少くとも百年、長くみれば二百年、本気で試み続けたことは、その後の列島社会に、じつに現在にいたるまで甚大な影響を及ぼした。

今でも高校の教科書には、律令制の説明に関連して「班田農民」という用語が当然のごとく使われ、水田があたかも全国をおおったような叙述が見られる。しかし…志摩の海民のように、水田はもとより農業自体にもほとんど関わりなく、山野河海で独自な生業を営む百姓の場合、そうした非農業的生業の比重は、農業をはるかに上まわっていたに相違ないのであり、そうした百姓をすべて「班田農民」とするのは「日本国」の国制にひきずられ、その国家意思の下に自らをおき、結果として多様な非農業的生業を切り捨てる結果になるといわざるをえない。

さらに、士農工商の農には漁業、林業、養蚕、製塩など多様な生業が含まれており、年貢もそうしたコメ以外の生産物で多く納められていた。国全体が稲作で支えられていたかのようなイメージは幻想に過ぎない。百姓はふつうの人、庶民といった意味に過ぎず、その4割程度は農業以外に従事する人々によって占められていた。稲作が古来より日本国の根幹である、というのは偏った見方である。と。

あと面白かったのは、いわゆる開国のはるか前から、日本列島に住んでいた人々は海をわたって交易したり移住したりしていたという話。東アジアの倭寇ネットワークはまあ聞いたことはあったけれど、果ては南米大陸にも17世紀には「ハポンから来たインディオ」という記述が見られるというのは知らなかった。同じころ、北海道は日本ではないので潜入した宣教師によるキリスト教の布教も許された。Global historyなんて日本語でみるとなんにも新しくないんですね。




2. Nassim Nicholas Taleb, The Black Swan
The Black Swan: Second Edition: The Impact of the Highly Improbable: With a new section:

分かっていない、分かりっこないのに分かったような事を言っている人間に容赦無いのは『デフレの正体』の藻谷氏と同じ。我々はいろんな事象が正規分布して徐々に移っていくMediocristanではなくて突発的な外れ値が現れて歴史が動いていくExtremistanに住んでいるのだ、という議論。ユーモアもあるし文章がうまい。世界を放浪しながら各地のカフェで思索し議論することを中心とする彼のライフスタイルは俺の理想。

The best quotes:

Prediction requires knowing about technologies that will be discovered in the future. But that very knowledge would almost automatically allow us to start developing those technologies right away. Ergo, we do not know what we will know.

Seize any opportunity, or anything that looks like opportunity. They are rare, much rarer than you think. Remember that positive Black Swans have a necessary first step: you need to be exposed to them. Many people do not realize that they are getting a lucky break in life when they get it. If a big publisher (or a big art dealer or a movie executive or a hotshot banker or a big thinker) suggests an appointment, cancel anything you have planned: you may never see such a window open up again. I am sometimes shocked at how little people realize that these opportunities do not grow on trees. Collect as many free nonlottery tickets (those with open-ended payoffs) as you can, and, once they start paying off, do not discard them. Work hard, not in grunt work, but in chasing such opportunities and maximizing exposure to them. This makes living in big cities invaluable because you increase the odds of serendipitous encounters—you gain exposure to the envelope of serendipity.... Go to parties! If you are a scientist, you will chance upon a remark that might spark new research. And if you are autistic, send your associates to these events.


そして堂々の第一位はこの本。

1. Timothy Brook, Vermeer's Hat: The Seventeenth Century and the Dawn of the Global World.
Vermeer's Hat: The Seventeenth Century and the Dawn of the Global World VERMEERS HAT [ Timothy Brook ]

感動的。表紙にはTimesの書評からの引用でただ一言"Spellbinding."とあるが、まさにその通り。歴史家になってこんな美しい本を書きたい。フェルメールの絵に登場する帽子とか中国風の皿、地図、煙草などを手がかりに、ひとつの空間としての世界が17世紀に生まれつつあったさまを描く。ヨーロッパで大流行したフェルト帽を作るために必要だったビーバーの毛皮を先住民と取引すべく北米大陸に向かっていたフランスの商人は、毛皮貿易の利益を使って、いまのカナダらへんの川を遡っていって西回りで中国へ抜ける道を探していて、中国で高官に謁見するときのために鳥と花の柄が縫い取られた中国製の礼服を荷物に入れていた。とか。グローバリゼーションがトーマス・フリードマンで始まったなんて思っちゃいけねえ。

文章の流れがほんとうに素晴らしいので一部を抜き出してもその良さは伝わらないと思うけれど、一応どんなものかをご覧あれ。

"The commanding passion of the seventeenth century, on both sides of the globe, was to navigate "the unknown channel 'twixt the seas of East and West"; to reduce that once unbridgeable distance through travel, contact, and new knowledge; to pawn one's place of birth for the world of one's desire. This was the fire within seventeenth-century souls."


以上、今年の俺の頭を作った本たちでした。でもこうして見るとベストセラーばっかだな。来年はもっとマイナーな本も読もう。

それと、自分で選んでいると人文社会科学の本ばかりなので、科学・工学系の本のお薦めがあったら教えてください。よろしくお願いします。もちろん、こういう分野でお薦めの本はないかというお問い合わせも大喜びで承ります。